60年も手形の商売をしていますと、トラブルが絡んだ手形を割引いてしまった経験や、
お客様から色々な話を伺う機会がありますが、今回は手形の善意取得について、
お話したいと思います。
手形は”基本的に”「一旦、振出人(為替手形は引受人)から手を離れると、如何なる
理由が有ろうと、振出人としての義務を負い、逆に手形の所持人は、その権利が保護
される」と言う、有価証券の流通性を損なわないように、厳格な決まり事があります。
皆さんも一万円札を入手した時に、誰の手を経由して、その経由の理由まで
考えませんよね。それに近い考えで保護されています。
しかし、”基本的に”と申し上げたように、「手形の振出人は、善意の第三者へは対抗
出来ないが、そうでなければ対抗出来る」(手形の所持人は善意の第三者ならば
保護される)となっています。
法律用語で、頻繁に出てくる「善意」「第三者」を、簡単に説明しますと、
「善意」…その事実を知らない
「第三者」…当事者ではない
と言う意味ですが、これがクセ物でして、この善意の第三者は過失が有っては
ならない事が要件なのです。
不本意な形で、自己の手形が第三者へ渡った振出人は、争う際に所持人に対し、
「あなたはこの手形が不当に流通している事は知っていた筈だ!」、
「あなたは当事者と同一だ!」そして、「あなたはこの手形を受け取る際に○○○の注意義務を怠ったから、無過失とは言えない!」と言ってきます。
そして、今申し上げた事が立証されて、手形の所持人は、善意の第三者で過失のない
取得者である事を、立証せねば所持人としての権利は認められません。
昔、当社が裏書人を経由して所持した手形が、期日に決済されずに裁判になった事が
有るのですが、(手形判決では当然ながら、当社が勝って、通常の訴訟に移行した
ケース)、その時、手形の振出人が当社へ善意取得を立証したいなら以下の事に
答えてほしいと何点か要求してきました。
①こんな高額の手形を依頼してきて、不信に思わなかったのか?
②大阪府以外の地域のお客様からの依頼に対し、不信に思わなかったのか?
③発行している手形の印紙の消印がシャチハタのスタンプ印で、不信に思わなかった
のか?
④どこでも流通する、うちのような優良会社の手形が、貴社のようなノンバンクへ
持ち込まれて、不信に思わなかったのか?
⑤注文書で手形の発生原因を調べた上で割引に至っているようだが、端数の数字の
違いに、不信に思わなかったのか?
等々、まだ他にもありましたが、
①については、今迄の他のお客様でこの案件以上の高額手形を割引いた数々の実績
②については、大阪府以外の地域のお客様との数々の実績
③については、優良会社でも印紙をシャチハタ印で消している手形が有った事の
数々の実績
④については、超優良会社で高額手形を割引いた数々の実績
⑤については、注文書と金額が少し違う手形が、他でも有った事の実績
を、証拠として提出し、争いました。
結果は、善意取得は認められ勝訴しましたが、そこに至る迄の時間と労力は大変なものでした。
現在でも、色々なケースで過失の有無について、判例が出ているようですが、
平成15年4月の最高裁判例では「無過失であるというための要件」として…
(前文詳細略…)
銀行が無過失である為には現金自動入出機の機械が正しく作動したことだけでなく、
銀行において、預金者による暗証番号等の管理に遺漏がないようにさせるため、当該
機械払の方法により預金の払戻しが受けられる旨を、預金者へ明示する義務と、
可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていたことを
要する。
と出ています。
皆様如何ですか?
善意(の第三者)で、無過失である為には、日頃から色々なリスクを想定して、事前に対処しておかねばならないと感じられましたか?
私は、それ以前の事として、全てのお客様の立場になって考える事と、何事も自分本位な
想像で事を進めず、注意深く管理する事を日頃からやっている事が大切だと実感しています。
法は、無知(注意義務を怠った者)を保護してはくれません。
今回も長々と拙い文章を書きましたが、少しでも「なる程!」と思っていただけたら、
嬉しい限りです。
最後迄お読みいただきまして、ありがとうございました。